JUAS次世代への提言
  「10年後のITへの夢と技術的な期待」




  『真のIT国家をめざした学校教育』[2002年7月16日]

いまから10年後というと、今の小・中学生が成人式を終え、社会人として活動を始めているころであろう。その時に、日本が真のIT国家と言えるようになっているためには今、学校教育として何を教えておかなければいけないのか?小・中学校における教育という面から、ITへの夢と技術的な期待を述べてみたい。

1.ITとは何か、真のIT国家とは
IT(情報技術)とは、いったいなんであろうか?インターネットで、メールを送ったり、ワープロや表計算ソフトを使いこなせる技術であろうか。あるいは、通信ネットワークや携帯電話のことであろうか。もちろん、それらも情報技術である。しかし、私は、ITとは、情報を人々の幸福に活かすための技術であると考える。そして、真のIT国家とは国民全員が、そういったITを自由に使いこなせる社会。すなわち、ITが、国のあらゆる産業・生活の基盤となっている国である。

2.日本におけるITの現状
さて、現在の日本において、パソコンが一人一台配布されている企業は少なくない。また、家庭のパソコンやインタ−ネットの普及率も高くなった。しかし、それらを仕事や生活に自由に活用できている人は、まだまだ少ない。例え、情報を活用するアイデアがあっても、簡単なプログラムの作成でさえIT技術者という専門家に頼らなくてはならない。

しかし、国内ではIT技術者は不足しており、その労働力を中国やインドの国外に求める企業もあるが、その一方で、失業率が過去最悪になるなど矛盾が起きている。IT技術者など専門家しか従事できないのでは、国の産業・生活の基盤とは言えない。高度経済成長の主役である自動車産業や電気産業が優秀で豊富な日本の労働力による「もの作り」に支えられて来たように、IT活用においても国民全員が主役となり日本の「もの作り」に活かされなければならない。その為には理科・工作と同じく、学校教育からが重要である。

3.学校教育としてのIT教育のあるべき姿
さて、このように考えた時、小・中学校におけるIT教育は、いかにあるべきか。その答えは自ずと見えてくるのではないだろうか。すなわち、ある特定企業のワープロや表計算、電子メールの使い方に、どれだけ精通しようとも国の産業基盤を支える労働力とはなりえず、ITを真に自由に使いこなせることにはならない。ITとは、先に述べたように 、情報を人々の幸福に活かすための技術、すなわち、仕事や生活のあらゆる場面でコンピュータ・ネットワークという道具を使い、情報を自由に活用すること。その為に必要であれば、簡単なプログラムくらいは自作できる必要がある。その為には、コンピュータとは、情報処理、ソフトウェアとは。というような基礎や原理をしっかり理解しておく必要が ある。

しかし、現状のソフトウェアの世界は、欧米の技術偏重が顕著であり、普遍性のある理論を持ち、かつ、標準化され、利用が容易な技術が少なく、学校教育の教材としては適さないものが多い。その中で、例えば、日本初のソフトウェア理論として、Lyee(りー)がある。Lyeeは、ソフトウェア生産技術研究所(根来社長)が発明し、日本を初め、米国、欧州など、すでに10カ国あまりで特許を取得している。Lyeeは、独自のソフトウェア理論により、人が必要とする情報処理の要件のみを記述することによってソフトウェアを実現し、アルゴリズムの考案やプログラミングを必要としない。従って、Lyeeを学べば、普遍的なソフトウェアの原理を理解し、かつ、プログラムを容易に作成できるようになる。このような日本独自のITにおける基礎理論や技術が多く輩出され、学校教育の中で普及することを期待したい。

4.そして、10年後の夢
さて、このように小・中学校で情報処理の基礎、ソフトウェアの作成を学んだ彼らが、10年後、社会に出た時には、仕事や生活のあらゆる場面で、人々を幸福にするために情報を活用するアイデアを自らソフトウェアとして実現できる国であれば、それを、一部のIT技術者や国外に頼っている国を、圧倒的なスピードで凌駕できる。

また、ソフトウェア産業には誰もが従事できるので、自動車・電気産業に匹敵する雇用を創出できる。その豊富で優秀な国内労働力によって、ITの世界でも「もの作り」の知恵により、品質の良いソフトウェアを、早く、安く、大量に世界に供給することが可能となる。日本が真のIT国家となり「もの作り」で、再び世界の頂点に立てる。